葬儀が終わって、手元には葬儀社の請求書と、お寺に渡したお布施の記憶、香典返しや四十九日の費用のメモが残っている。「葬式費用は相続税から引ける」と聞いたけれど、どこまで入れていいのか分からない。入れすぎて税務署に指摘されるのも怖いし、引き忘れて損をするのも嫌だ。そんなモヤモヤを抱えていませんか。
答えはシンプルです。相続税で差し引けるのは「葬式そのもの」にかかった費用だけです。お布施は引けますが、四十九日の法要や墓石、香典返しは引けません。
この記事では、控除できる費用とできない費用の線引き、お布施の領収書がないときの対処、誰が払ったかによる違い、そして葬式費用を引くと相続税がいくら変わるのかを、国税庁の情報をもとに解説します。
結論|葬式費用は遺産から引ける。ただし「葬式そのもの」だけ
相続税を計算するときは、相続人などが負担した葬式費用を遺産総額から差し引けます。
(出典:国税庁「No.4129 相続財産から控除できる葬式費用」)
国税庁が示している「葬式費用となるもの」は、次の5つです。
- 火葬・埋葬・納骨の費用:仮葬式と本葬式を行ったときは両方の費用
- 遺体や遺骨の回送の費用
- 葬式の前後に生じた、通常葬式に欠かせない費用:お通夜の費用など
- お寺などへの読経料などのお礼
- 死体の捜索、死体や遺骨の運搬の費用
(出典:国税庁「No.4129 相続財産から控除できる葬式費用」)
一方で、香典返しの費用、墓石や墓地の購入費、初七日など法事の費用は葬式費用に含まれません。
(出典:国税庁「No.4129 相続財産から控除できる葬式費用」)
判断の軸は1本です。「亡くなってから葬式が終わるまでに、葬式のために払ったお金か」を考えてください。葬式が終わったあとの法要、これから何十年も使うお墓、香典へのお返しは、葬式そのものではないため対象外になります。
葬式費用って、法律上は借金と同じ「債務」として引くんですよね?
いいえ、葬式費用は債務ではありません。
- 債務:亡くなった人が生前に残した借金や未払金
- 葬式費用:亡くなったあとに遺族が払うお金
ただし相続税の計算では、葬式費用も債務と同じように遺産総額から差し引けます。申告書でも、債務と並べて書きます。
控除できる費用・できない費用の一覧表
葬儀に関係するお金を、よくある項目ごとに仕分けると次のとおりです。
| 費用の項目 | 控除 | 理由 |
|---|---|---|
| 葬儀社への支払い(祭壇・会場・棺など) | できる | 葬式そのものの費用 |
| 通夜の費用(通夜振る舞いの飲食代を含む) | できる | 葬式の前後に生じた、通常葬式に欠かせない費用 |
| 火葬料・埋葬料・納骨の費用 | できる | 火葬や埋葬、納骨のための費用 |
| お布施・読経料・戒名料 | できる | お寺などへのお礼 |
| 遺体の搬送費・霊柩車代 | できる | 遺体や遺骨の回送・運搬の費用 |
| 会葬御礼(会葬者への返礼品) | できる | 葬式に伴う通常の出費 |
| 香典返し | できない | 香典へのお返しで、葬式費用に含まれない |
| 墓石・墓地の購入費、墓地の借入料 | できない | お墓は葬式費用ではない |
| 初七日・四十九日などの法要 | できない | 法事のための費用 |
| 参列者の交通費・宿泊費 | できない | 遺族が負担する通常の葬式費用ではない |
(出典:国税庁「No.4129 相続財産から控除できる葬式費用」、国税庁「相続税法基本通達 第13条《債務控除》関係」)
国税庁の申告要否判定コーナーでも、差し引ける葬式費用の例として次の3つが挙げられています。
- お寺などへの支払
- 葬儀社、タクシー会社などへの支払
- お通夜に要した費用
(出典:国税庁 相続税の申告要否判定コーナー「相続財産から差し引くことができる葬式費用」)
一方で、判断に迷いやすい費用もあります。
| 迷いやすい費用 | 判断が分かれる理由 | 対応 |
|---|---|---|
| 繰り上げ初七日(葬儀当日に初七日をまとめて行う) | 葬儀社の見積もりでは葬式と一体になっていることが多いが、法要の費用とも考えられる | 金額が大きい場合は、税理士か税務署に確認してから計上する |
「葬儀参列のための旅費交通費を故人が、負担して、相続財産を減らすことは、大丈夫なのでしょうか?」
回答:「相続財産から差し引ことはできません。税務署が「相続財産から控除できる葬式費用」として公表している項目(下に引用)に、葬儀参列者についての交通費は含まれていません。」
(出典:Yahoo!知恵袋、2024年7月29日投稿/質問ページ)
親族が遠方から駆けつけてくれると、交通費や宿泊費を遺族が出すこともあります。気持ちとしては葬式のための出費ですが、国税庁の5項目には当てはまりません。「葬式に参列する人のための費用」は、葬式を行うための費用とは区別して考えてください。
香典返しだって葬式とセットみたいなものなのに、なんで引けないんですか?
香典そのものが相続財産にならないからです。香典は遺族への贈り物で、亡くなった人の遺産ではありません。受け取った香典に相続税がかからない以上、そのお返しの費用も相続税の計算には関係しない、という整理です。
お布施は領収書がなくても引ける?記録の残し方
葬式費用の中で一番困るのが、お布施です。お寺によっては領収書を出す習慣がなく、手元に何も残らないことがあります。
「葬式のお布施の領収書は、発行してもらえますか? それは、保険や相続の時に必要になりますか?」
ベストアンサー:「お布施は掛かった金額をメモ書きするだけでOKです。」
回答:「うちは税理士さんにお願いしましたが、ご住職へのお布施の領収書の提出を求められました。」
(出典:Yahoo!知恵袋、2025年1月8日投稿/質問ページ)
回答が2つに分かれているとおり、実務では「メモでよい」と「領収書をもらう」の両方があります。お布施は国税庁が示す「お寺などへの読経料などのお礼」に当たるため、領収書がないことだけを理由に控除できなくなるわけではありません。ただし、税務署に説明できる記録は必要です。
おすすめは次の順番です。
- 1. まずお寺に領収書をお願いする:「相続税の申告で使う」と伝えると、出してもらえることが多い
- 2. もらえなければメモを残す:支払った日、お寺の名前と住所、金額、内容(通夜・告別式の読経料、戒名料、お車代など)を書く
- 3. 出金の記録とセットにする:お布施のために引き出した日付と金額が通帳に残っていると、説明しやすい
心づけ(火葬場の係員や運転手へのお礼)も同じように、相手・日付・金額をメモしておきます。葬儀から時間が経つほど思い出せなくなるため、葬儀の直後に書き留めておくのが確実です。
領収書がないなら、少し多めに書いてもバレないんじゃないですか?
やめてください。お布施の金額は、地域やお寺の格、葬儀の規模からおおよその相場が分かります。相場から大きく外れた金額は、税務調査で説明を求められます。実際に払った金額を正確に記録することが、一番の防御になります。
誰が払ったか・どこから払ったかで変わる
葬式費用を差し引けるのは、その費用を負担した相続人や包括受遺者です。包括受遺者とは、遺言で「遺産の3分の1」のように割合で財産をもらった人のことです。
(出典:国税庁「No.4126 相続財産から控除できる債務」)
相続放棄をした人は、原則として葬式費用を差し引けません。ただし、相続放棄をした人が実際に葬式費用を負担し、死亡保険金などを遺贈で受け取った場合は、その財産の価額から差し引いても差し支えないとされています。
(出典:国税庁「相続税法基本通達 第13条《債務控除》関係」)
| 葬式費用を払った人 | 差し引けるか |
|---|---|
| 相続人(喪主の長男など) | 負担した人の取得財産から差し引ける |
| 包括受遺者 | 負担した人の取得財産から差し引ける |
| 相続放棄をした人 | 原則できない。遺贈で取得した財産(死亡保険金など)があれば、その価額から差し引ける |
| 相続人ではない親族(故人の兄弟など) | できない |
(出典:国税庁「No.4126 相続財産から控除できる債務」、国税庁「相続税法基本通達 第13条《債務控除》関係」)
故人の口座から葬儀代を払った場合
葬儀代を故人の預金から払う家庭も多くあります。
「親が死亡したので、ゆうちょ口座凍結前に葬儀費用を、全ての相続人了解のもと、引き出しました。相続手続など後に問題になることはありますか?」
回答:「葬儀費用は被相続人の財産(預貯金)からだして良いので問題にならない」
(出典:Yahoo!知恵袋、2026年9月8日投稿/質問ページ)
相続税の申告で注意したいのは、計上の仕方です。相続財産は亡くなった日の時点で評価します。亡くなったあとに引き出したお金は、引き出す前の預金残高(または手元の現金)として相続財産に入れ、そのうえで葬式費用を別に差し引きます。
たとえば亡くなった日の残高が500万円で、その後100万円を引き出して葬儀代に充てた場合、「預金400万円」と書くのではなく、「預金(または現金)500万円」と「葬式費用100万円」の両方を書きます。結果として課税される金額は同じですが、残高証明書の金額と合わないと、税務署から確認が入る原因になります。
故人のお金で払ったなら、誰が負担したことになるんですか?
遺産分割で、その葬式費用を誰が負担するかを決めます。一般的には、遺産を多く相続する人や喪主が負担した形にします。遺産分割協議書に「葬式費用は長男が負担する」などと書いておくと、申告書の書き方で迷いません。
香典は相続財産にならない。だから香典返しも引けない
香典は、葬儀の費用負担を助けるために、参列者から喪主や遺族に贈られるお金です。亡くなった人の財産ではないため、相続財産には含まれず、相続税もかかりません。
ここで混乱しやすいのが、「香典で葬儀代をまかなったら、葬式費用は引けないのか」という点です。香典をいくら受け取っても、遺族が負担した葬式費用は全額を差し引けます。香典を葬式費用から差し引いて計算する必要はありません。
その代わり、香典返しの費用は控除できません。
(出典:国税庁「No.4129 相続財産から控除できる葬式費用」)
受け取った香典に税金がかからない以上、そのお返しも相続税の計算とは切り離されている、と考えると覚えやすくなります。
| お金の種類 | 相続財産に入れるか | 遺産から差し引けるか |
|---|---|---|
| 受け取った香典 | 入れない | ― |
| 香典返しの費用 | ― | 差し引けない |
| 会葬御礼(参列者全員への返礼品) | ― | 差し引ける |
会葬御礼は、香典の有無に関係なく参列者に渡す返礼品で、葬式に伴う通常の出費と扱われます。葬儀社の明細で「会葬御礼」と「香典返し(即日返しを含む)」が分かれているかを確認してください。
香典は喪主がもらうものなら、喪主に贈与税がかかったりしないんですか?
社会通念上相当な金額の香典であれば、税金はかかりません。一般的な葬儀でいただく香典で、贈与税や所得税を心配する必要はありません。
葬式費用でいくら相続税が減る?3つの計算例
葬式費用を引くと、相続税はどれくらい変わるのでしょうか。相続人が子2人の家庭(基礎控除4,200万円)で、葬式費用を引いた場合と引かなかった場合を比べました。
| 遺産総額 | 葬式費用 | 引かない場合の相続税 | 引いた場合の相続税 | 差額 |
|---|---|---|---|---|
| 4,350万円 | 180万円 | 15万円(申告が必要) | 0円(申告不要) | 15万円 |
| 6,000万円 | 200万円 | 180万円 | 160万円 | 20万円 |
| 2億円 | 200万円 | 3,340万円 | 3,280万円 | 60万円 |
(出典:国税庁「No.4152 相続税の計算」、国税庁「No.4155 相続税の税率」)
同じ200万円の葬式費用でも、遺産が多いほど減る税額は大きくなります。相続税は遺産が多いほど税率が上がるため、差し引いた分に高い税率がかかっていたからです。
計算の内訳を見る
- 遺産4,350万円:引かない場合は4,350万円−4,200万円=150万円。子1人75万円×10%=7.5万円で、2人で15万円。引いた場合は4,170万円で基礎控除以下
- 遺産6,000万円:引かない場合は1,800万円を2人で分けて900万円×10%=90万円(×2人)。引いた場合は1,600万円で800万円×10%=80万円(×2人)
- 遺産2億円:引かない場合は1億5,800万円を2人で分けて7,900万円×30%−700万円=1,670万円(×2人)。引いた場合は7,800万円×30%−700万円=1,640万円(×2人)
- 前提:債務、生命保険の非課税枠、小規模宅地等の特例などはないものとする
とくに注意したいのが1行目のケースです。葬式費用を差し引いた後の金額が基礎控除以下になれば、相続税の申告自体が不要になります。申告が必要かどうかは、債務などの金額を控除した後の合計額で判定するためです。
(出典:国税庁「No.4205 相続税の申告と納税」)
基礎控除の判定方法は「相続税はいくらから?」で詳しく解説しています。
数十万円の差なら、細かい領収書まで集めなくてもいい気がするんですが…。
基礎控除ぎりぎりの家庭では、葬式費用で申告が必要かどうかが変わります。また、遺産が多い家庭ほど1万円あたりの節税効果が大きくなります。心づけやタクシー代のような小さな支出も、積み上げると数十万円になることがあります。漏れなく集める価値は十分にあります。
申告前に確認すること・税理士に相談すべきケース
申告書を作る前に、次の3点を確認してください。
- 葬儀社の明細:請求書の合計だけでなく、香典返し・法要・仏壇などが含まれていないか項目ごとに確認する
- お布施・心づけの記録:領収書またはメモ(日付・相手・金額・内容)がそろっているか
- 誰が負担したか:遺産分割協議の内容と、申告書に書く負担者が一致しているか
そのうえで、次のケースに当てはまる場合は税理士に相談することをおすすめします。
| 相談すべきケース | 理由 |
|---|---|
| 葬式費用を引くと基礎控除前後になる | 計上の仕方で申告が必要かどうかが変わる |
| 繰り上げ初七日や会食など、判断が分かれる費用が多い | 法要の費用と区別する必要がある |
| 相続放棄をした人が葬儀代を払った | 遺贈で取得した財産から差し引けるかの判断が必要 |
| 社葬や、葬儀を2か所で行った | 誰が負担した費用か、範囲の判断が複雑になる |
| 故人の口座から多額の引き出しがある | 葬式費用以外の使い道との区別を説明できるようにする |
自分で申告するか、税理士に頼むかの判断基準は「相続税申告は自分でできる?」で解説しています。申告期限は亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内なので、葬儀の記録は早めに整理しておきましょう。期限については「相続税の申告期限は10ヶ月」をご覧ください。
葬式費用の計上くらいで税理士に頼むのは、もったいなくないですか?
葬式費用だけなら、自分で十分に判断できます。税理士に相談すべきなのは、葬式費用で申告の要否が変わる場合や、判断が分かれる費用が多い場合です。迷う項目だけを税務署の相談窓口で確認する方法もあります。
よくある質問
葬儀社の見積もりの金額で計上してもいいですか?
実際に支払った金額で計上してください。見積もりから追加や値引きがあることが多いため、請求書と領収書の金額を使います。申告期限までに請求が確定していない場合は、確定している金額をもとに税理士や税務署に相談してください。
戒名料は葬式費用として引けますか?
戒名料は、葬式に当たってお寺に支払うお礼として扱われるのが一般的で、葬式費用に含めて差し引けます。国税庁は、葬式に当たりお寺などに対して読経料などのお礼をした費用を葬式費用としています。
(出典:国税庁「No.4129 相続財産から控除できる葬式費用」)
生前に買ったお墓の代金が未払いです。債務として引けますか?
引けません。お墓は相続税がかからない財産のため、その未払代金も遺産総額から差し引けないことになっています。
(出典:国税庁「No.4126 相続財産から控除できる債務」)
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法的アドバイスではありません。具体的なご相談は専門家にお問い合わせください。